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神戸家庭裁判所 昭和61年(少)1367号 決定 1986年7月25日

少年 K・N(昭43.6.15生)

主文

この事件について審判を開始しない。

理由

(非行事実)

少年は、正当な理由がないのに、昭和60年12月23日午後3時10分ごろ、神戸市中央区○○×丁目×番×号○○駅西口コンコースにおいて、全長18.4センチメートル、刃体に該る部分の長さ8.1センチメートルで刃は備えていないが先端は尖鋭である折りたたみナイフ状の器具1本をコートのポケツトに隠し持ち、もつて、人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していたものである。

(銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実を認定せず、軽犯罪法違反の事実を認定した理由)

本件送致事実は、「少年は、業務その他正当な理由がないのに、昭和60年12月23日午後3時10分ごろ、神戸市中央区○○×丁目×番×号○○駅西口コンコースにおいて、刃体の長さ8.1センチメートルの折りたたみナイフ1本を携帯していたものである。」というものであるところ、本件記録中には送致事実に符合する証拠があり、少年も送致事実を外形的に認めている。しかし、折りたたみナイフとされる器具(以下、便宜本件ナイフという)は、非行事実欄に摘示したとおりのものであつて、刃を備えていないために鉛筆を削ることも、紙を二ツ折りにしてその折り目に本件ナイフを押しあてて切ることもできず、一見したところ刃物の一種の折りたたみナイフであるが、ナイフとしての切る機能を有しない玩具あるいは装飾品であると認められる。

このように刃を備えていないナイフ状の物が銃砲刀剣類所持等取締法22条所定の「刃物」に該当するかどうか検討する。同条所定の「刃物」とは鋼質性の材料をもつて製作され、かつ、刃を備えた器具をいうとされており、同法3条所定の「刀剣類」については、現在は刃がついておらず刃物としての機能(殺傷能力)がなくとも通常の修理、加工を施せばこの機能を備えるようになると認められるものも「刀剣類」として規制の対象になると一般に解されている(最決昭和42年4月13日刑集21巻3号459頁参照)のであるが、同法22条の「刃物」についてはどのように解すべきであろうか。元来、「刀剣類」は武器として製作されたものであつて人に対する殺傷能力は極めて高いから、その「所持」は原則的に禁止されているのである。すなわち、「刀剣類」は人に対する殺傷の一般的危険性のゆえに、直ちに危険という状態に限ることなく、一般的な状態においてその「所持」を禁止しているのである。そうすると、通常の修理、加工により完全な「刀剣類」になり得るものについてもその「所持」を禁止することについては合理的な理由があるものというべきである。これに対して「刀剣類」に該らないような「刃物」は一般に日常生活を営むうえでの道具として製作されたものであるから、その「所持」を禁止するのは適当でなく、ただ本来の用途に使用する目的がないのにこれを持ち歩くような場合に人の生命、身体に対する侵害を現実誘発するおそれがあるので、「所持」よりも直接的かつ現実的な正当な理由のない「携帯」のみを同法22条により禁止しているのである。このように「刃物」の場合はその「携帯」が直ちに殺傷の危険につながることを重視するのであるから「刃物」というためには「携帯」の時点で刃を備えていることを要し、通常の修理、加工により刃を備えることが可能であろうと現に刃のないものは同条所定の「刃物」には該らないと解するのが相当である。

以上の次第で、本件ナイフは同法22条所定の「刃物」に該らないが、軽犯罪法1条2号所定の「人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」には該ると認められるので、非行事実としては軽犯罪法違反の事実を認定した。

(法令の適用)

軽犯罪法1条2号

(審判不開始の理由)

少年に対しては当庁家庭裁判所調査官において調査の際に本件非行の問題点について十分説明し了解させており、本件の処理については、非行内容、少年の性格、環境等に鑑みれば、審判を開始したうえ裁判官が少年に対して重ねて訓戒等を与えるなどの保護的措置を講じるまでもなく、少年自身の自覚と保護者の監護に委ねれば足りると思料される。

なお、家庭裁判所調査官は調査に際し、少年に対して送致事実を告知しているが、認定事実の告知はしていないので、本決定の告知をするに際し軽犯罪法違反として認定したことを明らかにすることとする。

よつて、少年法19条1項後段により主文のとおり決定する。

(裁判官 大串修)

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